こんんちは。いりこです。
早いもので2025年も年の瀬。みなさんはどのようなクリスマスをお過ごしでしょうか?
筆者はこのままだと何の引っ掛かりもなく年を越してしまいそうでしたので、季節感だけは大切に!ということで、クリスマスに向けて気持ちを高めるべく「くるみ割り人形」を聴いております。
ということで前回は、チャイコフスキー 「くるみ割り人形」 を通して、クリスマスの定番クラシックがどのように季節感を彩るのかをご紹介しました。物語自体がクリスマス・イブを舞台にしているこの作品は、誰もが聴き惚れるメロディたちとともに、年末の空気にぴったりな一曲でした。
では今回は――ショパンの《スケルツォ》がクリスマス?
「いやいや、あんな暗くて激しい曲のどこがクリスマスなの?」とツッコミたくなるかもしれません。華やかな祝祭のイメージとはほど遠い荒々しさがありますから。
でも、実はこの曲には「クリスマス」と結びつく決定的なポイントがあります。鍵は中間部に現れる旋律です。
クリスマスの”意外な定番”にしたくなる「ショパン:スケルツォ第1番」をご紹介します。
クリスマスといえば定番クラシック。でも今回は“意外枠”
クリスマスと聞くと、多くの人が思い浮かべるのは、
- 物語も季節感も分かりやすい「くるみ割り人形」
- 「きよしこの夜」などキャロルの編曲
- 宗教曲(ミサ曲、オラトリオ)
といった「王道」のレパートリーだと思います。
一方で、クリスマスはただただ明るく賑やかなだけの季節でもありません。年末の空気のなかで、少し立ち止まったり、静かに内面へ向かう時間が欲しくなることもある。そんなときにこそ、意外な曲がしっくりくることがあります。
そこで今回取り上げたいのが、ショパン「スケルツォ第1番 ロ短調 Op.20」です。
ショパン:スケルツォ第1番 とはどんな曲?
「スケルツォ(Scherzo)」とは、ベートーヴェンが交響曲やピアノソナタに取り入れたのが一般的に広まった最初です。演奏するときは、急速な3拍子で1小節を1拍としてカウントするような推進力のある曲です。
本来「冗談」「ユーモア」を意味する言葉ですが、ショパンのスケルツォは、その語感とは真逆の世界を持っています。ショパンは、単体として4曲のスケルツォを残していますが、第1番ロ短調、第2番変ロ短調、第3番嬰ハ短調(、第4番だけホ長調で軽やか)と、深刻で劇的な大曲が占めています。
なかでも第1番(Op.20)は、ショパンが初めて手掛けたピアノ独奏の大曲。
鋭い和音で衝撃的な幕開け、切迫した推進力で始まり、聴き手をいきなり“緊張の渦”に引き込みます。甘美で優雅なショパン像だけを想像していると驚くと思います。
だからこそ、「この曲のどこがクリスマスなの?」という疑問が出てくる、わけですが、その答えは曲の中間部(トリオ)にあります。
この曲のどこがクリスマス?――中間部に現れるポーランドのクリスマス・キャロル
荒れ狂う主部とは対照的に、中間部で音楽は突然、静かで素朴な表情へと変わります。
この部分はしばしば、ポーランドで古くから歌われるクリスマス・キャロル、「Lulajże, Jezuniu(眠れ、幼きイエスよ)」を思わせる旋律として語られています。
WikipediaのLulajże, Jezuniu(英語日本語なし。。。)にもスケルツォ1番の楽譜が貼られているので、ポーランド圏の人にもそのように捉えられているんだと思います。
ここで印象的なのは、この旋律が明るく祝祭的に鳴るのではなく、むしろ内省的で祈るような静けさを持っていることです。
荒々しい音楽のただ中で、ふと立ち止まるように現れるこの中間部は、クリスマスの賑わいというよりも、遠く離れた場所から故郷や家族を思い出す時間のようにも聴こえます。
なぜショパンはクリスマスの旋律をここに置いたのか
この曲が作られた時期のショパンは、祖国ポーランドを離れ、そのポーランドは独立の機運が高まりロシアから侵攻を受ける不安定な状況にありました。あの有名なエチュード「革命」と同じ時期に作曲されています。
- 幼少期から親しんだ旋律
- 遠い故郷と家族の記憶
- 静かな慰めや祈り
のようなものとして鳴っている――そう聴きたくなるのも自然です。
しかも、それが激情のただ中であることが意味深い。外側は荒々しいのに、内側には、ひそやかなキャロルが流れている。。。。だからこの曲は、「クリスマス」というただの一日以上の意味を感じずにはいられません。
おすすめの音源
アルトゥール・ルービンシュタイン:20世紀を代表する大巨匠
「ショパンのこの曲聴いてみたいけど、どの録音がいいんだろう」と迷ったら、まずルービンシュタインを当たってみてください!
筆者が一番最初に認知したピアニストだから、という個人的な思い入れを抜きにしても、ショパンと同じポーランド出身で、長い現役経験をもって近代のショパン演奏の規範となったピアニスト。そしてこのレベルでショパン全集(エチュードや前奏曲(古い録音はある)などを例外あり)を残しているピアニストはそうそういません。しかも最後のステレオ録音時は70代!これだけ瑞々しく、かつ円熟したまろやかな演奏は唯一無二です。
イーヴォ・ポゴレリチ
1980年ショパン国際コンクール本選落選、審査員のマルタ・アルゲリッチが「彼こそ天才よ」と抗議し審査員を辞退した、でおなじみの鬼才ポゴレリチ。
年代によって、曲によって印象がずいぶん変わるイメージがありますが、このスケルツォは曲の諧謔性とも相まってとても好み。
最近のコンクールから:ジェイデン・アイジク=ズルコ/ズートン・ワン
最近ピアノコンクールを聴き始めており、応援したくなる推しピアニストに毎年出会っています。
2024年リーズ国際コンクールの覇者ジェイデン・アイジク=ズルコの2次ラウンド。とてもライブとは思えない完成度と推進力!この前に演奏されたラヴェル「鏡」も絶品です。
2025年ショパン国際コンクール第3位を獲得したズートン・ワンの3次ラウンド。最初の和音から吸い込まれるような求心力があり、まったりとしたマズルカやソナタとの弾き分けも見事でした。その前のソナタでソナタ賞を獲得しています。
自分の手で鳴らしたい!おすすめの楽譜
さあ、ピアノ経験者のみなさま、この曲弾いてみたくなりましたか?笑
まずはお手頃な価格でスタートしてみたい方は、ピアノ学習者御用達であろう全音のスケルツォ集がおすすめです。
そして、ショパンの楽譜、新旧の定番と言えばエキエル版とパデレフスキ版。
エキエル版は国家プロジェクトとして最新の研究が反映されたエディションで、現在のショパンコンクールで推奨されているのがこのエキエル版。
ただし、往年の録音はパデレフスキ版が広く使われていましたので、馴染みがあるのはこちらかもしれません。
まとめ|定番の外側にある、もうひとつのクリスマス
前回ご紹介した「くるみ割り人形」は、物語も音楽もまさに「クリスマスそのもの」と言える作品でした。きらびやかで、祝祭的で、誰にとっても分かりやすいクリスマス。
一方で、今回取り上げたショパン「スケルツォ第1番」は、クリスマスとは正反対の音楽です。荒々しく、緊張感に満ち、決して「楽しい季節のBGM」ではない。
それでもこの曲の中間部には、ポーランドのクリスマス・キャロルが、ひっそりと、しかし確かな存在感をもって現れます。
それは祝祭の音楽ではなく、遠く離れた故郷や家族との思い出を呼び起こす旋律であり、声高ではない、内側に向かった祈りのようにも聴こえます。
クリスマスという季節は、必ずしも明るさだけを求められる時間ではありません。一年を振り返り、少し立ち止まり、静かに心を整える――そんな時間にぴったり寄り添ってくれるに違いありません。
定番の外側にあるからこそ見えてくる、もうひとつのクリスマス。次にピアノの前に座るとき、あるいは年末の夜に音楽を流すとき、このスケルツォを思い出してもらえたら幸いです。


コメント